打ち合わせ

今日はなあやさんと打ち合わせ。
ヨシクン.jpgよしくんのやっている辻堂のLAMA COFFEEへ。
そしたらよしくんは帽子をかぶっていてくれて(お花パンジー付き)本当にありがたい。
これは奥さんの千秋ちゃんと兼用なのがさらに嬉しい!
随分前からなあやさんと暖めている企画がついに動き出して、ワクワクする。
話をしているだけで、イメージがどんどん湧いてくる。
映像が頭に浮かぶ。
お互いのタイミングが整うまでの時間というのは絶対に必要な時間。
それぞれの機が熟すのを時間が待っている。
何にせよ、空気をイメージ出来る事は実現出来る事が多い気がする。
私の経験からは。
それでまだ先の話だけど、「詩と朗読のなあやさん」、「帽子と写真の私」で新しい事をやります。今からとても楽しみです。
ずっと私はひとりで物事を計画したり、個展をして来たけど、最近は誰かと何かをやる事にすごく広がりを感じる。
お互いの好きなところや、「波長」としか言いようが無いんだけどぴったりと合う時があって、津波のように波が大きくなる感じを体が感じている。
これは良い地殻変動みたい。土を耕すとおいしい野菜が出来るように。
なあやさんと話をしていると、全然関係のないところでお互いが繋がっている事を非常に良く感じる。でもそれってめったに無い事なのに、つながりが連発し過ぎ!楽しい。
広がっているのに輪っかになっていて、その輪の円周は今や相当に大きい物になっている。
今日は元カロカロスタッフでラマコーヒーよしくんの奥さん、千秋ちゃんとも楽しい時を過ごした。ここにだって大きなつながりがある。
そしてなあやさんところのカエデちゃんと、千秋ちゃんところのキュウちゃんが言葉を発しないのに見つめあってコミニュケーションをとっている事に感動した。
赤ちゃんこそ、きっと波動で物事をとらえているのかも。
お母さん二人の興味深い話を聞いて、さらに納得がいった。 キュウカエデ.jpg
でも大人になった私たちは、もしかしたら波動でコミニュケーションする力をまだ失っていないかもね。
時々私もその仲間に入れてもらって見つめ合っているだけで、じわじわと透明な空気が伝わってくる。無条件にパワー充填。
これから楽しいイベントが進んで行きます。
お楽しみに!

天パー組合

父の事を書いたので、今度は母の事を。
これは「天然パーマ組合」の略です。
母は天パーです。そして私も引き継いで天パーです。
今のような梅雨時、天パーにとってかなり広がる時期ですね。きてますねー。
私の天パーはいつにも増してウネウネ、くるくるしています。
天パーの皆さんは経験があるかもしれませんが、小さい頃はそれによっていじめられたり、からかわれたりしましたよね。
一時期は私もストレートパーマをかけたりしましたが、かけて2日後には生え際が巻いて来て全く意味をなさないのです。
でもそんな事は憂うなかれ。
最近は、やはり髪の毛は生えてる自然が一番良いと思っています。
きっとそれがその人の個性の一部だと思うからです。
私の母はkalokaloのみどりさんいわく、「天パー組合」理事長です。
ハンパじゃない天パーで、どちらかというと「天然アフロ」の天アフです。
お風呂上がりはサイババ状になっていて、それはそれは素晴らしいです。
きっと彼女の祖先は南国系だなー。サモア人とか、南米系も入ってる。
性格もとにかく我が道を行くタイプで、はっきりしつつ働き者です。
のんきでもあります。南国に行った時の空気感を個人から醸し出しているのがすごい。
母は週に一度しかお休みが無いのに、その日も畑やら大工仕事やら植木の剪定やらで忙しく動き回っているのです。いつも男気のある母には圧倒されます。
この人が言う「大丈夫!大丈夫!」には説得力があり、とても心強い。
まだ昔、女性がバリバリ働くのが成されていなかった当初から母はガンガン働いていました。私は一人っ子で、そんな母を理解できずにいた事もありましたが、本当にかっこいい女性です。
誰にとっても母は偉大なように、私を育ててくれた母を本当に尊敬しています。
小さい頃に「誰々ちゃんはこうなんだよー。」って言うと「自分は自分、人は人!」と強く一蹴されていたけど、本当に今はこの教えが正しかったと分かる。
母はいつも自分の判断基準を持っていたからこんなにも強いのだなー。
いつも一生懸命に今を生きている母のようになりたいけど、ハードルは相当高いです。
最近は天パー組合理事長の母とArkに髪を切りに行きました。
そしたら担当の石黒さんがたまたまKikaで買って頂いた帽子を素敵にかぶりこなしてくれていました。
嬉しい!
私の前髪もかなり短くしてもらってクレラップの子みたいになって、カーラーで巻いたようになっていますがいい具合です。石黒さんの今回のテーマは「リズム」だそうです。
確かにかなり弾んでいます♪
天パー組合は自己申告でok!
茅ヶ崎cross road コージさんも部長ぐらいでしょうかねー。
ありのままが一番。
天然パーマに誇りを持って行きましょう!

父の背中

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父とは時々会ってお酒を飲んだり、時々出かけたりしている。
先日は私がペーパードライバーなので教官をつとめてもらった。
かなり厳しくて、褒められて育つタイプの私はちょっとへこたれた...。
私がまだ高校生の頃、父はいきなり会社を辞めて旅人になった。
その当時、サラリーマンで重役にいたのに辞めてしまった。
約一年分の私の為の養育費をおさめて、長い間きっと、父の夢だった世界の旅へ。
当時父は40代前半。
私にとってそれは衝撃的だった。でも行ってしまえばそれも自然の流れになってしまって、高校生の私は自分の生活の方に重きを置いて、「父の生活は父の生活だ」と、若さ故の柔軟性で日々にとけ込んでしまった。時々父からのたよりが届いて世界の空気を想像していた。私は私で身の回りの事がずっと大事になっていた。
父が一年くらいの旅から帰って来たら、頭は真っ白な白髪になっていて浦島太郎みたいでびっくりしてしまった。
高校生の私は、サラリーマンだった父が毛染めをしていた事に気がつかなかった。
しかし帰って来た父はなんだかすっきりした様子で、夢を達成した人独特の空気をまとっていたような気がする。
まだ幼かった私は、そんな父を「変な人だなー」って思う半面、何か嬉しかった。
「いくつになってもやりたい事はやるんだよ。」と体で表現している、父が。
父は今でも毎日サーフィンをしたりしていて、楽しく暮らしている。
老後にバリ島隣のロンボクに住む計画が進行しているらしいので、早くそっちに行ってくれないかと私は思う。
だって私も遊びに行けるからね!
そして高校時代から十数年後、私は今もその空気を継いでいるんだな...。
血は争えないね。

旅のはなし

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いつの頃からか分からないけど、ゆっくりと旅をしながら写真を撮る事が夢だった。
その夢を実現出来たのが28歳くらいのとき。
この時の旅は今の自分の判断基準を決めているように思う。
ひとりでの旅だったので、無謀ながらも全てを受け入れて、みぎひだりを決断する力を得たような気がする。
一人旅の最初の地に選んだのがペルー。
今考えてもかなりハードな場所を選んだものだ。
でもその時は絶対にそこだったのだよなー。
その旅はその後7ヶ月に渡った。
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確か28歳のときに29歳の誕生日までには夢を実現するぞ!
と思ってそれまでの生活を暮らしていたように思う。実際29歳の誕生日を南米で迎えたとき、ちょうどカーニバルのシーズンで皆がお祝いしてくれたのは本当に涙が出た。
地球の裏側の見ず知らずの人々が踊って、演奏して、抱き合って、たくさんのキスをしてくれる事は私にとって新たに「産まれた!」って感じの初めての祝福だったように思う。
これには沢木耕太郎さん「深夜特急」の影響は強いかも。沢木さんは確か26歳位に長い旅に出ていて、あの本をその後時間を空けて書いている。
それにしても当時はまだ世界は今のように近く無かったから、本当にすごいと思う。
私が25歳くらいのときにはやっぱり「深夜特急」がかなりのプレッシャーになっていた。「私はまだ何もしていない...」って。
私の旅は20代の後半にはなっていたけれど、自分のやりたい事をそのときに出来た時が私自身のタイミングだったのだと思う。
それまでもお金を貯める為だけには生活をしたくないので、やっぱり好きな仕事しかしなかった。「だから旅に出る為に働く」という感覚ではな無くて、「全力で取り組んでいたら旅に出る気力も体力もついた(資金も貯まった)」っていう感じ。何にせよ中途半端はつまらないと思う。惰性とかは妥協はなんか嫌だ。
でもやっぱりそういう気持ちを持ち続けていると、たくさんの人が応援してくれる事がとてもありがたく、心おきなく旅立てたのが今でも大事な記憶として残っている。
そしてその旅を終えた後に初めての個展をAtelier Kikaで開催した。
今も、これからも、そういう人たちの温かい気持ちは大切にして行きたいと思うし
積み重ねて来た時間や、想いや、出会いが今の私の制作の根源になっています。

畑仕事

個展も終わって一段落。
編み編みをしていると他の事には全く手をつけられないので、今のうちに出来る事をしておこうと部屋の片付けをしたり、ゆっくり本を読んだりしている。
今は話題の村上春樹さんの1Q84を。まだ始めなんだけどすでに引き込まれています。
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それから今日は借りている畑を耕しに行った。黙々と耕して汗びっしょり。
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猫のひたい程の小さな畑なんだけど、少しでもshukaku_があると感動する。
ずっと借りているんだけど、春からは個展の為に全く手をかけられずにいたのでベランダで育てていた苗を植え付けに行った。はたけ.jpg
イタリアに行ったときにいろいろな種を購入してはいたのだけど、忘れていてやっとこの春に撒いてみたら芽を出したので良かった!
イタリアのほおずきで食べられるみたい。あと知らないバジルも植えてみた。バジルは強いから平気だと思うけど、本当に日本の環境で育ってくれるのかはよく分からないのでちょっと観察してみようと思う。